保護犬問題をより多くの人に知ってもらうために
― 新沢さんのご経歴について簡単に教えてください。
新沢:Wunderman Thompson Tokyo/ Chief Creative Officerの新沢です。2001年に博報堂に入社したのち、TBWA\HAKUHODOへの出向を経験しました。日産自動車やAppleなどのナショナルクライアントを担当し、2019年ごろに現在のWunderman Thompson Tokyoに異動しています。
― 今回の取り組みについて簡単な概要と背景を教えてください。
新沢:世界的に大きな問題となっている“保護犬問題”。日本でも約3万匹の犬が保健所で引き取られ、年間約5,000頭が殺処分されるほどで、決して小さな問題ではありません。一方で、犬を飼うときに保護犬を検討する方はわずか数%と少ない。これは、犬を飼おうというタイミングで保護犬に思いを馳せる人が少ないということでもあります。そこに対して、こうした社会問題の認知を向上させつつ、保護犬を第一想起させる企画ができたらと考えたことがきっかけです。
アートの価値が高まれば高まるほど保護犬に還元される仕組みに
― 保護犬プロジェクトの施策ポイントについて教えてください。
新沢:ポイントは大きく2点あると考えています。ひとつは、犬自身がアートを作ることです。人が何かを作って得た収益を犬のために使うという活動は多いですが、“犬自身がアーティストとなってお金を稼ぐ”ということがキャッチーだと思っています。ふたつめは、NFTアートを活用したことです。NFTアートを活用することで、誰でも買いやすくなるのはもちろん、二次流通した場合も保護犬に収益が還元される仕組みにしています。アートの価値が高まれば高まるほど保護犬に戻ってくる仕組みですね。“世界初のNFTアート”として価値を高めていくことが大きなポイントだと思っています。
高橋:そうですね。世の中には、“世界初の犬のNFTアート”として打ち出していくことを起点に面白がってほしいと思っていました。保護犬問題はとっつきにくい課題でもあるので、ストレートに訴求しても響きません。そうした難しさを伝えるために、今回のPRストーリーとクリエイティブのユニークさがあると思っています。犬が自ら稼ぐことの面白さを残しつつどのように犬自身のアートに落としていくのか、新沢さんをはじめとするクリエイティブチームと共にアイデアを練ってきました。
最終的にいただいた“おしっこを使う”というアイデアは、斬新でありつつもストーリーが活かされた非常に精良なものだと思っています。「おしっこを使ったアート」という耳触りだけでもインパクトがありますが、ユニークなだけではなく、根底にはそこに通じるストーリーがあります。犬は自分のおしっこで、自分がどんな特性を持った犬なのかなど多くの情報を共有するほか、マーキングすることで自分の縄張りをも主張しています。保護犬問題という難しい課題をストーリーとクリエイティブでジャンプすることができたと感じています。
新沢:犬のおしっこに辿り着くまでにさまざまな試行錯誤がありましたね。当初は、手形やカーミングシグナルのひとつを使うなど、多様な意見が挙がりました。どれも決め手に欠けるなと感じていた時に、アートチームが“おしっこアート”を提案してくれたんです。最初は少しやりすぎかなと思いましたが、このくらいユニークにしなければ話題にならないと考えて踏み込みました。結果として、ネガティブな意見もなく、多くの方に面白いと言っていただくことができました。やりすぎかなと思うくらいでなければ、世の中は食いついてくれないんだと改めて勉強になりましたね(笑)。
高橋:普段は企画の上流部分やアイデアの骨子は決まっていて、PR施策の段階でお声がけいただくことが多いのですが、今回のプロジェクトでは企画の第一段階からお声がけいただき、携わることができたので、クリエイティブにおいてもアートチームと議論を重ねて進行することができました。アイデア出しの段階から、PR視点をお伝えできたことは非常に良い経験だったと思っています。
新沢:僕らとしても、PR発想の意見がアイデアの種になることもありましたので、一緒に進めることができて良かったと感じています。共に小さな穴を塞ぎながら進めたことで、どこを切り取ってもストーリーが成り立つように仕上げることができました。
当事者の視点から、活動の意図を抜かりなくメディアに伝える
― プロジェクトを進める上で困難だったことや、乗り越えた壁は何かありますか?
新沢:今回の第一弾は、犬自身のおしっこでその犬の顔を表現するというアートを制作しましたが、「どこがおしっこなのか分からない」や「本当に犬が作ったと言えるのか」という意見もいただきました。アートに落とし込んで定着させることは、引き続き苦労している部分でもありますが、第二弾のアートでは、さらに手法を変えて、より価値のある活動に繋げていきたいと考えています。
また、リアルな点では、犬がおしっこをしてくれない問題がありましたね(笑)。人間に対して猜疑心を抱いている犬が多いので、シェルター施設の方以外が手を触れようとすると怖がってしまうんです。保護犬問題の深刻さを痛感する出来事でもあり、それほど甘くない問題だと改めて感じました。
冨永:そうですね。生死に関わるセンシティブな問題なので、プロジェクトの活動が本当に保護犬問題の解決に繋がっているのかという部分に、何度も立ち返りながら進行していきました。実際の施設の方や犬を飼われている方などの当事者の意見を吸い上げたことで、表現方法や文脈にも気を配れましたし、実際に問題解決に繋がる施策にできたと感じています。苦労した部分でもあり、勉強になった部分でもありますね。
その甲斐あってか、メディアの方からは「素敵な取り組みですね」といった反応をいただくことも多かったです。企画の上流からご一緒していたことで、なぜこの取り組みなのか、なぜこのアウトプットなのかなど、当事者の視点で活動の意図や背景を抜かりなく伝えられたのではと思っています。
― プロジェクトの反響はいかがでしたか?
新沢:想像以上のメディア掲載と、ネガティブな意見もなくここまでくることができました。より話題化していきたいと思っているので、カラーバリエーションを増やすなど第二弾のローンチに向けて努めていきたいです。
高橋:第二弾では、より一般の生活者に広げていきたいですし、インフルエンサーにもアプローチしたいと思っています。プロジェクトを広げていくという大詰めの部分には、反省も含めて消化不良感が残っているので、より良いアプローチ方法を見つけて尽力していきたいです。
冨永:社内告知の際には、社会課題に関心のあるメンバーから「企画書を見せてほしい」「どう企画化したのか知りたい」など声をかけられることが多かったです。穴なく詰めていったことが伝わり嬉しかったですね。おふたりの仰る通り、これからより工夫をこらしてメディア・インフルエンサー・生活者へアプローチしていきたいと思います。
― 新沢さんがPR会社に求めることは何ですか?
新沢:“僕らに見えていない視点をくれること”ですね。クリエイティブ目線では、面白い・強いという視点になりがちですが、「今の世の中はこういうことを求めています」「メディアはこういう視点を求めています」など、異なるアングルで意見をいただくことができるので、アイデアの初期段階から並走することで互いに得るものがあると思っています。また、代理店はどうしてもメディア対応が弱いですが、そこに対しても真摯に対応してもらえたので、非常に助かりました。
これからも自分たちらしいアウトプットを
― これから挑戦したい取り組みがあれば教えてください。
新沢:クライアントありきのプロジェクトだけではなく、その他の社会課題に対しても自発的に活動していきたいと思っています。世の中に向けて、自分たちらしいアウトプットをしていきたいと思っているので、社内でも自主アイデアを募集しながらアンテナを張っているところです。
高橋:自らプロジェクトを発足させるという経験がまだないので、PR視点での社会課題を見つけていきたいです。また、企画の段階からご一緒できたことは非常に良い経験になったので、これからは狭い視点に囚われることなく、クリエイティブも含めて企画全体をPR視点で網羅していけるようになりたいと思います。
冨永:こうした社会課題系のプロジェクトは、予算など企業内の事情で頓挫してしまうことも多々あります。一方、メディアと会話するなかで「〇〇の課題に関する取り組みはないですか?」と聞いてもらう機会も多くなってきました。メディア視点を活かしつつ、社会と企業のそれぞれの課題解決に繋がる取り組みを増やしていけたらと思っています。企業とメディアと社会と…Win-Win-Winな関係を目指していきたいですね。
企業発信を世の中の欲している情報に置き換える
― 社会問題に取り組む企業や団体に向けて、メッセージをお願いいたします!
新沢:広告を制作して、世の中に展開するにはかなりのお金が必要ですが、取り組んだ事例を起点にPRすることは費用を抑えながらでも挑戦できるので、費用対効果が非常に高いと思っています。僕たちと一緒に事例を作りながら、それらをもとにPRしていくという点で、より良いお手伝いができると思います!
高橋:SDGsやESG活動をトレンドとして捉えて、表層的な部分で飛びついてしまう企業・団体も多いと思いますが、なにかを急ぐのではなく、世の中・メディア・生活者に落とし込んだ際に、折り合いを見つけていきたいと思っています。企業主語だけではなく、『メディア・生活者に受け入れられることでこういう状態になるからチャレンジしてみましょう』と提案できるPRプランナーになっていきたいです。PR視点を持ちながらやりたいことのアウトプットに繋げていきたいですね。
冨永:企業のESG活動に限らず、クライアントの方々とお話するなかで、「実は社内で〇〇の活動をしているんです」と仰っていただくことも多いのですが、メディア視点ではそうした活動自体に引きがあるのに、実際の現場の方々は気付いていないという場面も多々あります。メディア視点で企業の活動や施策がどう見えているのか分からない時には、簡単にお話いただけるだけでもメディアの視点や世の中的な感覚をお戻しすることができるので、ぜひお声がけいただけたらと思います。
新沢:PR会社の方々は、企業主語の内容を世の中の欲している情報に置き換えるプロだと思っています。その知見を存分に活用するつもりでお声がけしてほしいですね!