講師ご紹介
坂本 信博(さかもとのぶひろ)
マレーシアの邦字紙記者、商社勤務を経て1999年に西日本新聞社に入社。長崎総局や宗像支局、社会部、東京支社報道部、クロスメディア報道部などを経て、2020年8月から中国総局長。主に医療や教育、安全保障、子どもの貧困、外国人労働者をめぐる問題などを取材し調査報道に従事。
『あなたの特命取材班』の公式サイトはこちらからご覧になれます。
▼https://anatoku.jp/
マテリアルマガジンをご覧のみなさま、こんにちは。マテリアル広報担当の時田です。
マテリアルでは、メディアへの理解をより深めるため、定期的に「メディア研究会」を開催しています。そこで今回は、7月に外部講師として西日本新聞社の坂本信博さんを招いて行った「メディア研究会特別講演」の様子をお届けします。
クローズアップ現代でも紹介された『あなたの特名取材班(以下『あな特』)』は、「あなたの声で社会が変わる」をキャッチコピーに、西日本新聞社が2018年1月から始めた特命取材の記事コーナーです。本研究会では、新聞業界が置かれている現状から、『あな特』に込められたさまざまな想い、そして、これからの挑戦と展望についてお話していただきました。
坂本 信博(さかもとのぶひろ)
マレーシアの邦字紙記者、商社勤務を経て1999年に西日本新聞社に入社。長崎総局や宗像支局、社会部、東京支社報道部、クロスメディア報道部などを経て、2020年8月から中国総局長。主に医療や教育、安全保障、子どもの貧困、外国人労働者をめぐる問題などを取材し調査報道に従事。
『あなたの特命取材班』の公式サイトはこちらからご覧になれます。
▼https://anatoku.jp/
現在日本には、さまざまな種類の新聞紙が存在しています。ひとつは、全国のニュースを幅広く報道する全国紙(毎日新聞、朝日新聞、読売新聞など)、もうひとつは、それぞれの地域に根付いたニュースを放送するブロック紙(北海道、東京、中日など)、その他に、県内のニュースを報道する県紙(それぞれの県に根付いた紙面)など、これらをあわせた100紙以上の新聞媒体が発行されている現状です。
そのなかで『西日本新聞』のようなブロック紙には、取材網が縮小している状態でも、「グローカルメディア」としての可能性があると、坂本氏は解説。”グローバルに考えて、ローカルに行動する”という造語がある通り、ブロック紙は、「広域的な視点で地域に根ざした取材ができる」可能性を持っています。つまりブロック紙の魅力は、「地域に軸足を置きながら、全国規模の取材ができる」ことです。また、「ひとりの記者が体験できる仕事の幅が広い」ことも、ブロック紙の強みとしてあげられます。坂本氏自身も、警察への取材から原爆に関する取材、芸能人への取材など、非常に幅広い取材を経験されたそうです。
また、新聞記者は、大きな事件や出来事があった際に、主要人物を取り囲んでマイクを向けることが多々あります。このような光景は、世間から批判的に見られることもありますが、坂本氏は、その場にいる記者のなかで”唯一の西日本新聞の記者”として、自分の背景にいる読者に対して、「きちんとした情報と事件の真意を伝えなければいけない」という使命感をもって、取材に挑んでいるそうです。
「『あな特』を始めた動機は、かつてない危機感だった」と坂本氏は話します。この危機感というのは、ひとつは「読者離れ」、もうひとつは、「記者離れ」です。読者離れは、発行部数の減少に直結しており、坂本氏が20年前に新聞記者になった時は、発行部数が90万部程だった西日本新聞も、2018年7~12月の平均部数で朝刊約59万部と減少傾向にあります。世の中にフェイクニュースが氾濫したことにより、「マスゴミ」という言葉も生まれました。また、特に深刻なのが「記者離れ」です。地方紙の将来がないと感じて、NHKや全国紙に転職していく有望な記者が相次いだ時期があったらしく、「世のため、人のためになりたい」と思って記者になった人が多い中で、”やらされ仕事”や、”読者への手応えのなさ”が増してきたと感じる人が増えたとのこと。褒められることも、逆に怒られることもなく、読者の声が直接記者に届かなくなってしまったのです。
こういった問題を、一挙に解決する方法を模索した結果として生まれたのが、『あな特』です。「読者のニーズを掴む仕事を作ろう。読者への信頼を高めてファンを作ろう。そして、紙にもデジタルにも強いコンテンツを生み出そう。さらに、「地方紙」にしかできない仕事があるはずだから、人の役に立って、自分たちが書きたい記事が書けるような仕組みを作ろう。読者とつながっているという手応えを感じることのできる仕組みを作ろう。」『あな特』にはこのような想いが込められていると、坂本氏は話しました。
『あな特』のコンセプトは次の3つです。1つめは、SNSを活用した読者との双方向性。2つめは、取材の手法や、その過程の可視化。こういう内容の調査依頼がきて、そこに対してどういった過程で実際の取材が行われるのか、といった部分までを可視化していきます。3つめは、新聞社の取材力を発揮して、課題の解決を目指すことです。そして、問題を深堀して時代性や社会性も描きながら、グレーゾーンに切り込んでいきます。さらに『あな特』の場合は、投稿者の困りごとが、世の中のひとにも共通するのか?という部分を重要な基点にしています。
これらのコンセプトを元に取り組んできた結果として、『あな特』にこれまでに寄せられた調査依頼は14,000件で、通信員数は約17,000人、記事の総本数は約490本、累計3.8億PVを獲得しています。このような活動を通して、新聞の信頼性を高めてファンを増やしていくための「新聞ジャーナリズムの生き残りをかけた実験」こそが、『あな特』の挑戦なのです。
いて坂本氏が紹介したのは、『あな特』の手法について。まず、LINEや特設サイトを通して、読者から直接、”調査依頼”が寄せられます。寄せられた調査依頼には、機械返信ではなく、記者や担当者が直接返信しているそうです。『あな特』は、挙手式をとっているので、200名程の記者に依頼内容が直接届き、「この取材やりたい!」と最初に手を挙げた者が取材や調査を行う流れで取材を実施。そして、紙とWEBの両方で記事化し、記事のなかで反響の大きいものがあれば、さらに追加取材をして記事化する、という方式をとっています。これらの一連の流れは、総称して『あな特無双』と言えるかもしれません。
ここで大きかったことはやはり、「公式LINE」を活用したことです。LINEは、相手と1対1でのやり取りが可能であり、従来電話が担っていた役割に代わるSNSと言えます。企業と生活者が直接やり取りできる機能があるため、これを活かせるのではないかと思ったのが始まりだったそう。LINEの「友達一覧」の中に『西日本新聞』が入っていることで、相談のハードルが非常に低くなり、友達や家族に自分の困りごとを相談する延長上にいることができることが大きな強みになっています。
『あな特』の記事事例として初めに坂本氏が紹介したのは、男子高校生から届いた調査依頼について。男子高校生がツーブロックの髪型で登校したところ、先生から「校則違反」であると怒られたことについて、「なぜツーブロックは校則違反なんですか?」と相談が寄せられたそう。これに対して、教育担当の記者が自ら手を挙げて取材を開始。福岡県内すべての県立高校の学校校則の情報を集めた結果、ツーブロックが違反である高校と、そうではない高校があることが分かりました。さらに取材を進めて分かったことは、ツーブロックという髪型は、爽やかな髪型なので、スポーツ選手やホテルマンに多いという意見があること。「果たして、爽やかな髪型と言われているツーブロックが、なぜ違反なのか?」という内容の記事を、文部科学省や各地の教育委員会のコメント等も交えて掲載したところ、後日この高校で髪型に関する校則の変更が起こったそうです。
続いては、「かもめ~る」に関する記事。「暑中見舞いのはがきの自腹営業に困っています。」という現役郵便局員からの調査依頼で記事を書いた結果、『あな特』での報道を受けて、日本郵便が年賀状のはがきノルマ廃止を決定したのです。しかし、ノルマ問題はこれで終わりではありませんでした。続いてまた別の郵便局員から、「年賀状のノルマはなくなったけれど、実はもっとひどいノルマがある。」と『あな特』に連絡が来ました。そして調査の結果から、それが「かんぽ生命保険のノルマ」であるということが分かりました。その後も、担当した記者が取材を積み重ねた結果、不正販売が全国的に行われているということが明らかになり、かんぽ生命のトップ役員3名が辞職する事態になりました。これら一連の出来事も、『あな特』の記事がきっかけだったのです。
『あな特』では、上記のような堅い調査だけではなく、コミカルな調査も行っているそうです。この記事は、戌年(いぬどし)にスタートした記事です。佐賀県の加唐島という島では、「犬を飼ってはいけない」という伝説があるが、果たして本当に犬を飼っている家はいないのか?という問いに対して、記者が1軒ずつ民家を訪ねて話を聞いたというだけの記事。しかし、これがまた非常に読まれたとのことです。
さいごに坂本氏が紹介したのは、今から約143年前の『西日本新聞創刊号』の記事です。記事には、「鹿児島で、西郷隆盛が率いる不平士族が反乱をおこし、北上してきている。現在は熊本県辺りにいるらしい」と書かれています。この記事は、読者から「このままだと福岡が戦禍に巻き込まれるのかどうか戦況が知りたい。」という声が届いたため、実際に反乱が起きている現場に出向いた記者が書いたもの。この記事がまさに、西日本新聞の源流となっていると坂本氏は話します。つまり、西日本新聞社は、読者の「知りたいに応える」という点に関して、一貫して行っているのです。
143年前の記事にもあったように、読者起点の調査報道自体は昔から存在していました。しかし、決定的な違いは、SNSを使って双方向のやり取りができるということです。これまでは読者にとって、自分の依頼内容が採用されたのかどうか分からなかったものが、SNS活用のおかげで、文字通り「双方向のやり取り」が可能になったとのこと。また、公式LINEを通して、読者にアンケートや情報提供(取材協力)を呼びかけるなど、「『あな特』の記者たち自身が、読者の皆さまに助けてもらうこともたくさんあります」と、坂本氏は話します。
例えば、去年の秋に「大学入学試験の民間検定試験の見送り」という出来事があった際に、『あな特』から読者に向けて「これに対してどう思いますか?」とアンケート調査を実施し、その結果を記事として掲載したことがありました。その後、文科相が会見をしたわずか40分後に、再度「緊急アンケート」を呼びかけたところ、当時授業中であるはずの高校生や教員の方からも、続々と回答が集まったそう。これらの声をもとに、『あな特』は連鎖的に「大学入学試験の民間検定試験の見送り」に関する記事を作成しました。このように、読者との双方向のやり取りの実現によって、「ダイレクトに繋がって、ともに報道する」という”新たな形のコミュニティ”が形成されたと言えます。
従来の新聞報道は、「読者が知るべきこと」と「記者が読者に知らせたいこと」に軸をおいていました。しかし、『あな特』が掲げている「オンデマンド調査報道」は、これらに「読者が知りたいことに応える」ことがプラスされ、これらの軸の両輪を回していくことで、新聞ジャーナリズムを発揮し続けています。
こういった取り組みと連携しているのが、『JODパートナーシップ』です。この『JODパートナーシップ』では、地方紙連携として①ノウハウの共有②記事の共有③ネタ/取材テーマの共有が行われています。この取り組みは、現在日本全国「27媒体」に拡がっており、つい最近では、富山県の地方紙『北日本新聞』が8月から「あな特」の連載企画を始めたそうです。これによって、名実共に、日本中で手分けをしながら、取材をして記事を書くことのできる仕組みが整ったことになるのです。
普段は『あな特』通信員の方に取材のご協力などをお願いしている中で、一度だけ、「あなたは、なぜ『あな特』通信員でいてくれるのですか?」というアンケートを行ったことがあるそう。その中で、最も多かったのは、「困ったことや、悩みごとができたときに相談したいから」という回答だったらしく、『あな特』が一種の「報道インフラ」になってきているということを実感しましたと、坂本氏は話しました。
さらに、「『あな特』に協力する前と後でなにか変化はありましたか?」という問いに対しては、「西日本新聞社への親近感が増した」と答えた方が約77%。「西日本新聞社に対する期待感が増した」と答えた方が約80%。さいごに、「あなたにとって『あな特』とはなんですか?」という質問に対しては、「社会参加」と答えた方が最も多い結果となったそうです。この結果について坂本氏は、「『あな特』を”社会と繋がる窓”として捉えていただいていることが大きい」と分析しました。
さいごに、坂本氏はこんなことを話してくださりました。「現在、新聞は”オワコン”だと思っている方も多いと思いますし、実際に”オワコン”だと言われています。しかし、新聞というのは、新聞”紙”だけではなくて、「新しいニュース」です。この必要性というのは、これからも変わらないと思っています。ただ、そのためには我々も時代に合わせて変わっていかないといけないと思っています。」
さらに坂本氏は、「ひとつは、読者と繋がること。そして、読者を通じて地域と繋がること。さらに、自分の地域だけではなくて、全国と繋がることが必要です。またさらに、異業種と繋がる、世界と繋がる。このように、地域最強メディア同士が繋がり、より良い社会を目指す「グローカルメディア」としての挑戦をこれからも続けていきたいと思っています。」と続けます。『あな特』記者たちの合言葉は「伸びしろしかない。」「まだまだ、やっていないことが多すぎて、これからも、まだまだやれるはずです。」と、熱いメッセージを伝えてくださりました。
これを機にみなさまも、『あな特』というグローカルメディアを通じて、新たな社会参加をしてみてはいかがでしょうか?
マテリアルでは、今後も引き続き多種多様なメディアの方々を招いて、「メディア研究会」を実施する予定です。次回研究会のレポートもぜひお楽しみに!
▼PR GENIC
※2020年8月時点の情報です。
マテリアル2018年入社の広報担当。好きな食べ物は羊羹。広報業務のほかMATERIAL MAGAZINEの執筆を担当しています。世の中のひとがもっともっとマテリアルグループを知って、好きになってもらえるよう日々勉強中。